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盛岡地方裁判所 平成5年(わ)51号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一Aと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成四年一〇月二〇日ころ、岩手県盛岡市〈番地略〉の自宅において、拳銃一丁(〈押収番号略〉)及び火薬類である回転弾倉式拳銃用スペシャル型の実包七個(〈押収番号略〉)を所有し

第二法定の除外事由がないのに、

一Bと共謀の上、平成五年三月一三日ころ、岩手県盛岡市〈番地略〉ホテル〇〇一三号室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する結晶約0.06グラムを溶解した水溶液約0.6立方センチメートルのうち約0.15立方センチメートルを同人の左腕部に注射し

二Cと共謀の上、同月一七日ころ、同市〈番地略〉○○ハウスA棟二〇一号の同人方居室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する結晶約0.04グラムを溶解した水溶液約0.4立方センチメートルのうち約0.2立方センチメートルを同人の右腕部に注射し

三Dと共謀の上、同日ころ、前記二記載の場所において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する結晶約0.04グラムを溶解した水溶液約0.4立方センチメートルのうち約0.2立方センチメートルを同人の右腕部に注射し

四同日ころ、同市〈番地略〉所在の洗車場に駐車中の自動車内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する結晶約0.02グラム溶解した水溶液約0.2立方センチメートルを自己の左腕部に注射し

もって、それぞれ覚せい剤を使用したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(覚せい剤の種類を認定した理由)

一覚せい剤の定義

覚せい剤とは、覚せい剤取締法二条一項の定義によれば、①フェニルアミノプロパン、②フェニルアミノプロパン塩類、③フェニルメチルアミノプロパン、④フェニルメチルアミノプロパン塩類(以上、同項一号の定めるもの)及び⑤前記①ないし④のいずれかを含有する物(同項三号の定めるもの)をいう。ここで、①ないし④は、別個の化学物質であり、これに基づき法律的にも別個の物と取扱ったものである。⑤をも覚せい剤の定義に加えた理由は、市井に流通する覚せい剤の多くは①ないし④の中に不純物が混入しているところ、もしこの不純物の混入を理由に覚せい剤にあらずとの主張を容れるようでは覚せい剤の取締りに実効を保し難いので、右の不純物が混入した物全体をも覚せい剤の範囲に取り込んだものと解すべきである。そうすると、⑤にいう「含有」とは、混合の趣旨に解するのが相当である。

二本件で使用が認定しうる覚せい剤の種類

警察技術吏員佐々木勇幸作成の鑑定書四通(うち三通は謄本)及び証人安藤晧章の当公判廷における供述(以下「安藤供述」という)によれば、判示第二の各罪につき押収された尿に水酸化ナトリウム水溶液あるいは炭酸ナトリウム水溶液を加え強アルカリ性にした後に有機溶媒で抽出したものを資料とし、薄層クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィー質量分析等の検査をした結果、当該資料中にはフェニルメチルアミノプロパンが検出されたこと、強アルカリ性にしたのはフェニルメチルアミノプロパン塩類が尿中に含有されていた場合これをフェニルメチルアミノプロパンに化学変化させるためであることが認められ、以上によれば、当該資料中には、フェニルメチルアミノプロパンまたはフェニルメチルアミノプロパン塩類が含有されていたと認めることができる。この場合、安藤供述によれば、尿中さらには人体に使用した段階でも右両物質のうちのいずれかが含有されていたと認めることができる。

ところで、被告人の当公判廷における供述、被告人(平成五年四月九日付け及び五月一四日付け)、B、C及びD(後三者は謄本)の検察官に対する各供述調書によれば、判示第二の各罪において被告人が覚せい剤を使用した方法は、白色の結晶を水に溶解して人体に注射したというものであることが認められている。

ここで、フェニルメチルアミノプロパンとフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の物理化学的性質を見ると、公知の資料である薬物事件執務提要(最高裁判所事務総局長から刑事裁判資料第二四四号として刊行)一二四頁によれば、フェニルメチルアミノプロパンはアミン臭のある無色透明で沸点が二〇八ないし二一〇度である揮発性液体で水に難溶であるのに対し、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩は、無色の結晶で臭いはなく水に可溶であることが認められる。さらに、安藤供述によれば、フェニルメチルアミノプロパンの塩類一般が右塩酸塩と類似の固体であることが認められてる。

以上によれば、本件で使用した覚せい剤の形状からして、それがフェニルメチルアミノプロパンであるとは認め難く、結局、右鑑定書から得た知見と合わせれば、本件犯行に用いた覚せい剤は、フェニルメチルアミノプロパン塩類と認めるのが相当である。なお、安藤供述によれば、塩類の中の何であるかを特定するためには別途相応の検査が必要であることが認められるものの、本件ではかかる検査はなされておらず、右の特定をするに足りる証拠はない。

フェニルメチルアミノプロパン塩類とフェニルメチルアミノプロパンは、前叙のとおり、化学的にも法律的にも別個独立の物であるから両者の間で互いに一方が他方を含有(混合)すると観念することはできず、前者を含有する結晶の中には理論上当然に後者が含有されるということはできない。

三認定事実と公訴事実との関係

公訴事実に覚せい剤として掲示された物は、「フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶」である。これについて、検察官は、これは、「フェニルメチルアミノプロパンとフェニルメチルアミノプロパン塩類のいずれかを含有する結晶」の趣旨である旨釈明するが、右両物質は、前叙のとおり、化学的にも法律的にも別個独立の物であるから、その片方の記載がそれ自体と他方との択一的関係の趣旨を有すると解釈することは、通常の用語例に反し、採用し難い。よって、公訴事実にいう「フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶」と当裁判所の認定した「フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する結晶」との間には、事実の不一致があるというべきである。

本件覚せい剤事犯は使用事犯であり、フェニルメチルアミノプロパンとフェニルメチルアミノプロパン塩類の物理化学的性質の相違に鑑みれば、前記事実の不一致がある以上、各事実に相応したあるべき使用方法は全く異なるはずであるから、被告人の防御に重要な変更を生ずる可能性は否定できないものの、検察官の前叙の釈明によりフェニルメチルアミノプロパン塩類も審理の対象となったことを了知しながら、被告人はこの点について争う態度を示さないことを考慮して、先の認定をした次第である。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和六三年七月一五日当庁で覚せい剤取締法違反罪により懲役一年二月(三年間執行猶予、昭和六三年一二月六日右猶予取消し)に処せされ、平成三年七月一四日右執行を受け終わり、(2)昭和六三年一一月一五日当庁で覚せい剤取締法違反罪、道路交通法違反罪により懲役一年六月に処せられ、平成二年五月一四日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、けん銃所持の点は刑法六〇条、平成五年法律第六六号(銃砲刀剣類所持等取締法及び武器等製造法の一部を改正する法律)附則二項により同法による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、けん銃用実包所持の点は刑法六〇条、火薬類取締法五九条二号、二一条に、判示第二の一ないし三の各所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条に、判示第二の四の所為は覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条にそれぞれ該当するところ、判示第一の両所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の刑で処断することとし、判示第一の罪について所定刑中懲役刑を選択し、前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により判示各罪についてそれぞれ再犯の加重をし、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、暴力団の組員である被告人が、組長からけん銃及びけん銃用実包を預かり保管していたことと、自らあるいは知人の若い女性三人に対し覚せい剤を使用したという事案である。けん銃は、元来、人を殺傷する以外あまり用途のない武器であり、しかも、被告人は、暴力団の組織に身を置く者としてこのけん銃が現実に人の殺傷に使われる可能性を十分認識しながら、けん銃用実包とともに保管していつでも発射しうる状態にしておいたことは、日頃の人命を軽視する人格態度を露呈するものである。また、覚せい剤の有害性は広く社会に認められているところであるが、被告人は、自己のみならず三人の女性にまでこの有害性を及ぼし、それがためBは幻聴等の精神的障害を来すに至っている。被告人は、未だ二六歳であるが既に前科二犯を有し、合計約二年もの間服役しながらなお改心せず、本件犯行に至ったものである。以上を総合考慮すれば、被告人の本件刑事責任は重大であり、被告人が今度こそ暴力団から足を洗いまじめに更生する旨誓っていることを考慮してもなお、主文掲記の刑を科するのは、やむをえない。

(裁判官井上薫)

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